日本体力医学会

学会の概要

日本体力医学会の概要

ご挨拶

一般社団法人日本体力医学会理事長
鈴木 政登

 平成27年9月19日開催の第70回(一般社団法人)日本体力医学会年次総会において、第10代日本体力医学会理事長として承認されたことに因み、ご挨拶申し上げます。本学会は平成26年4月1日付けで一般社団法人日本体力医学会となり、代表理事(理事長)、副理事長、常務理事からなる執行役員制度が新たに設けられました。
 本学会設立は第二次大戦後の昭和24年であり、旧学術研究会議医学部門の共同研究班であった体力、疲労、労働衛生および栄養研究班のメンバーが構成員となって設立された学会であります。ここで再び、体力医学会設立に至った経緯を振り返り、国民の健康問題および運動・スポーツの現状を鑑み、今後の本学会運営の参考にしたいと思います。
 明治維新後、日本人の姿勢の悪さや体位・体格などが西欧人に比べ著しく劣っていることを嘆いた欧米帰りの医学者たちは日本国民の体位・体力増強のための啓発活動1)を始めます。最初に、わが国に“身体運動の医学的研究”を普及させたのは川瀬元九郎であると言われております。川瀬元九郎はボストン医科大学卒業後ボストン体操師範学校でスエーデン体操を学び、1900年に帰国しました。帰国後、東京築地病院(現 聖路加国際病院)内科勤務の傍ら日本体育会体操学校で生理衛生学を担当し、生理解剖学的理論を背景としたスエーデン体操の普及に尽力したことが川瀬の業績集2)に記載されております。わが国において“体力に関する医学的研究”が組織立って行われるようになったのは国立体育研究所(初代所長 北豊吉、1924年創設)開所以降と言われております。“国民の体力を向上させ、心身の能率を高めるため、国民の体育を根本的に研究し、その改善を図ることに必要な諸研究を行う”ことを目的として設立されました。この頃は、純粋に日本国民の体位・体格および健康増進を意図した研究活動であったと思われます。この研究所は1941年に廃止され、1960年に再び東京教育大学体育学部に付属スポーツ研究所(初代所長 名取礼二 東京慈恵会医科大学生理学教授)として復活し、筑波大学への移転まで続いたことは周知のとおりであります。
 1931年(昭和6年)の満州事変を契機に、国防を背景とした体力研究班が作られ、1938年4月4日には京都帝国大学で開催された日本医学会総会臨時分科会として“体育医学会”が開催されております。この頃から終戦までは、自由闊達な運動・スポーツ活動は制限され、国防に基盤を置いた国民の体格・体力増強に関する研究が主となり、さらに1940年には“国民体力法”が制定され、“スポーツ医学”というよりは“体力医学”研究が重視されたことが窺われます。この期間は兵力としての国民体力増強を目的とした研究期間であったと思われます。
 第二次世界大戦終了直後には、国民の体力低下、栄養不良による抵抗力低下に起因した感染症防止策としての栄養学的研究の必然性も加わり、体力、疲労、労働衛生班および体育協会医事部のメンバーなど、スポーツ医学に関心ある研究者が構成員となって“日本体力医学会”が設立されました。当初の会員数は約400名で、その殆どが医療関係者でありました。その後、医学のみならず体育科学、栄養学、心理学など、多領域の研究者からなる学際的研究者集団へと進展し、平成27年9月19日現在の職種別会員構成は、医師646名、体育関係者1,262名、栄養士212名、看護師40名、理学療法士498名、その他1,771名の合計4,429名となっております。
 戦後“日本体力医学会”として発足した本学会は、スポーツ医学が大きな部分を占めるという事に因み、欧文名を“Japanese Society of Sports Medicine”とされたようですが、その後“The Japanese Society of Physical Fitness and Sports Medicine”に改称されました。さらに、第4回日本体力医学会年次大会からは、国民体育大会(国体)行事の一環として国体開催地(第6回国民体育大会、広島市1951年)で行われるようになりました。昭和30年および50年には体力医学会を年2回開催し、国体および体力医学会いずれも今年第70回大会を迎えるに至りました。本学会の機関誌を“体力科学”とした理由については、医学に限定せず多領域の研究者による学際的研究会という意図を込めて命名されたことが体力科学創刊号3)に記載されております。
 1970年代以降、急速な経済成長に伴い衣食住等生活環境が豊かになり、国民の健康問題は感染症から生活習慣病など慢性疾患へと変遷し、戦時中の国策としての国民の体力・健康増進対策から“自分の健康は自分で守る”という方針に転換され、1978年(昭和53年)の“第1次国民健康づくり運動”から次々と“健康づくり施策”が出され、平成14年には“健康増進法”が公布されました。“健康増進法”第2条には“健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯に亘って、自らの健康状態を自覚すると共に健康の増進に努めることが国民の責務である”と謳われております。また、昭和63年から厚生省による“健康増進施設”認定制度が始まり、平成27年4月現在までに327施設が認定されております。“健康体力づくり事業団”による運動指導者養成も行われ、平成27年4月現在で、健康運動指導士と同実践指導者併せて約38,000人が養成されております。さらに、平成24年7月には、第2次健康日本21として、第4次国民健康づくり対策が策定され、引き続き“健康寿命”の延伸が主要課題となっております。これら数々の健康づくり施策、健康増進施設の認定および運動指導者養成にも拘わらず、働き盛りの者の身体活動不足、脂肪摂取比率の増加などに起因した肥満・糖尿病および動脈硬化症などの生活習慣病罹患者に加え、加齢に伴うロコモティーブシンドロームや認知症患者が年々増加し、医療・介護費用などの医療経済的負担増をもたらしております。これら現代における国民の健康阻害要因排除策の1つが幼若齢時からの“運動の習慣化”であることは周知の事であります。しかし、2015年度国民栄養調査によりますと、運動習慣保有者は20~59歳までの男性では13.1~24.1、女性では12.9~20.7%に過ぎません。60歳以上では男女共約35%以上に増加することから、現在のわが国の労働形態では“運動の習慣化”の困難さが窺われます。“自分の健康は自分で守る”という国民個々人の意思を尊重した健康施策ではありますが、労働形態など個人の努力では克服し難い現状にあります。“超高齢化社会への道を歩みつつあるわが国において、国民一人一人が生涯にわたり元気で活動的に生活できる、明るく活力ある社会の構築のため、国民の健康寿命を伸ばすことを目標”とした“新健康フロンティア戦略”なども労働形態を含めた現在の社会環境状況下では“隔靴掻痒”の感は免れません。健康増進活動推進のための環境(施設)整備のみならず、個々人の“行動変容”を促す行動医科学的アプローチの推進や小児期から老齢期までのライフステージにおける身体運動の必然性を説く機会として、体力医学会地方会における市民公開講座開催等を支援して参ります。さらに、マスメディアや多種多様な健康産業から発せられる健康情報氾濫による健康被害を回避すべく、刊行物を介して国民に正しい健康情報を還元することなども体力医学会の新事業と考えております。
 新理事長として、とくに力を入れて取り組みたい事業は次のようなことであります。

  • 1.編集事業について
     本学会では、機関誌“体力科学”を年6号(回)発行し、現在64巻5号(2015年10月1日現在)まで発行されております。英文誌(The Journal of Physical Fitness and Sports Medicine: JPFSM )は、2012年5月25日付けで創刊号(第1巻1号)を発行し、現在までにVol.4、No.4(2015年9月25日現在)まで発行されております。機関誌の欧文誌化は本学会の長年の悲願でありました。JPFSM誌発行の目的は、わが国の“体力ならびにスポーツ医科学に関する研究成果”を広く海外に紹介し、健康・体力向上に貢献すると共に、本学会会員の研究水準の高さを認知せしめることなどであります。しかし、米国トムソンロイター社調べによる2012~2013年までの2年間にJPFSM誌に掲載された論文数(162件)に対し、引用件数は17件と少なく、ジャーナル収録条件を満たしておりません。JPFSM創刊以来、論文投稿数が増加しているにも関わらず、2015年9月現在でも受理された原著論文数が少なく、掲載論文の殆どはReview ArticleおよびShort Review Article論文に依存せざるを得ないのが現状であります。唯、明るい兆しとしてはJ-STAGE統計によります、2014年1年間の“JPFSM ”誌へのアクセス件数が20,224件から2015年には70,772件と、3.5倍に増加したという事実であります。いずれにしても、本学会員の皆様は言うに及ばず、東南アジア諸国からの投稿を促す方策を模索・推進していかねばならないと考えております。
  • 2.学術刊行物の発刊について
     現在、本学会編集委員会ではACSM出版の翻訳本“運動処方の指針(原書第8版)”を南江堂から出版しておりますが、1998年に“スポーツ医学-基礎と臨床-”(朝倉書店)を出版して以来、本学会からは機関誌以外の学術刊行物を出版しておりません。しかし、本学会には、運動・スポーツに関わる健康科学に関する膨大な知見の蓄積があります。これらを広く国民に還元することも本学会の役割の1つと考え、学術刊行物の発刊を計画しております。この刊行物の読者層の中心として臨床の医師を考えております。わが国の医学教育カリキュラムには“身体運動と健康または運動指導等に関連する内容”は殆ど含まれておりません。そこで、“臨床医の卒後教育”という観点から、“臨床医のための運動指導書”のような学術刊行物の出版を考えております。
  • 3.研究倫理の問題について
     2000年1月1日以降の投稿論文については、所属施設の倫理委員会の承認を受けていない論文は受付けないことになっております。2012年10月創刊のJPFSMについても同様であり、今日まで8件の論文が受け付け段階で返却されております(外国4編、国内4編)。平成27年5月15日改定の倫理規定第3条(1)項によれば、本学会会員からの審議要請があった場合、審議しなければならないことになっております。所属施設に倫理委員会がある場合には、その所属施設の倫理委員会の承認を受けることが必須条件であります。民間団体や各種スポーツ施設等において、研究倫理委員会が設置されていない場合には、本学会の倫理委員会に審査を依頼できることになっておりますが、本学会倫理委員会では倫理審査を受け付けておりません。本学会倫理委員会規定に従い、倫理審査要請があった場合、対応できるよう準備を進めて参ります。
  • 4.臨床系医学会との連携強化について
     本学会渉外委員会は、臨床系医学会との連携を模索して来ております。一般社団法人日本体力医学会は、身体運動による健康の維持・増進を意図した医・科学的研究を推進しているわが国唯一の学術団体であります。その研究成果を臨床系医学会おいて活用して頂くよう、働きかけることも本学会の重要な活動の1つと思われます。従来、この方面の活動に傾注して来なかったという反省は免れません。先に挙げました、臨床医を対象とした“学術刊行物”の出版も臨床医学会との連携の1つとして実行して行きたいと考えております。
  • 5.東京オリンピック・パラリンピック支援について
     1964年に東京で開催された第18回オリンピック大会に向けて、1960年に“東京オリンピック選手強化対策本部”が設置され、“スポーツ科学委員会”部門では、当時の日本体力医学会会員が主たるメンバーとして関わったことが記録されております。一方、2001(平成13)年4月に“国立スポーツ科学センター(JISS)”が設置され、わが国のスポーツ選手の競技力向上を目標として活動しており、発展途上にあった1964年の東京オリンピック当時とは状況が大きく変わって来ております。日本体力医学会としては、2020年開催予定の“東京オリンピック・パラリンピック”に向けて、特別に競技団体からの要請がない限り競技力向上を目指したプロジェクト研究等の立案予定はありませんが、その前年頃に国際的なスポーツ科学研究会等を企画し、本学会員の健康・スポーツ科学研究成果を披露する機会設定は考えております。

 その他に、男女共同参画、学際的ならびに国際的な学会連携などは前理事会と同様今後も引き続き継続していく積りでおります。本学会員の皆様のご支援、ご協力を宜しくお願い致します。

引用文献

学会の概要

会員数
4,362名(2016年7月31日現在)
日本体力医学会会計年度
8月1日~翌年7月31日
(2017年度:2016年8月1日~2017年7月31日)
学会事務局
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一般社団法人日本体力医学会事務局
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編集事務局
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日本体力医学会編集事務局
Tel/Fax : 0235-22-3120
E-mail: hj-tairyoku@turuin.co.jp

会員数の推移

1961年8月 568名
1970年8月 858名
1977年8月 1,486名
1985年8月 2,408名
1990年8月 3,860名
1995年8月 4,828名
2000年8月 5,177名
2005年8月 5,126名
2010年8月 5,207名
2011年8月 5,197名
2012年8月 5,186名
2013年8月 4,979名
2014年8月 4,715名
2015年8月 4,429名
2016年8月 4,362名
会員数の推移

体力科学・JPFSMに掲載された論文数

原著論文の推移
1962年~1971年 138編
1972年~1981年 183編
1982年~1991年 273編
1992年~2001年 405編
2002年~2011年 361編
2012年~2016年 128編
Regular Articlesの推移
2012年~2016年 42編
体力科学に掲載された論文数-10年間ごとの比較-